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知られざる才能

佐藤久成というヴァイオリニストがいる。
往年の巨匠のようなコッテリした演奏で鳴らし、まさにヴィルトゥオーゾと呼ぶに相応しい、らしい。

去年、あるサイトで彼のCDをすごく誉めていたので、気になって購入した。
どうやら佐藤さん本人が立ち上げた自主レーベルらしく、タワレコやHMVに在庫が無いので、中華街の近くにあるプレミアムジークという専門店で求めることができた。
店の人も「いいですよ」と言って背中を押してくれた。

以来コッテリ濃厚な彼の録音に耽溺すること3ヶ月。
年齢的に往年の巨匠の演奏を聴いたことがない自分は、これをして19世紀末から20世紀前半の雰囲気を味わっているような気さえする。ロマン派は、なるほどこんなにもロマンチックなのだ。

そんな佐藤さんのコンサートに先週末行ってきた。
湘南モーツァルト愛好会の定例会に彼が出演したので、電話で問い合わせたところ、臨時会員券を発行してもらって聴くことができたのだ。
愛好会だけあって、会場にいる人々は当然ほとんどが知り合い同士。
この回は新年1発目の定例会とあって、開始から30分間は昨年の報告会があり、細々とした予算状況から新入会員の紹介まできっちり行った後にコンサートという、まことに味のある進行だった。

そんな具合なので、コンサートの客席状況としてはかなり乱雑だった。
演奏中に喋る、書類ををガサガサとやる、果ては曲に合わせて鼻歌まで唄うのである。
鎌倉在住であるという隣のおばあさんは熱心に私に話しかけ、曲が盛り上がりそうなところで「次、くるよ!」などとクライマックスの到来をわざわざ知らせてきたりもした。
まさに掟破りの演奏会。

しかし、悪い気はしなかった。
圧倒的に演奏が素晴らしいのである。
前半のモーツァルトのソナタこそすこし散漫なところがあったけれど、後半に演奏者の得意技である小品集ともなれば、ガサガサした客席が熱心に聴き入って、私も陶然となった。
5分ほどの小さな作品を弾き終わるごとに聴衆から「おおっ」というどよめきが起き、それが曲を重ねるごとに盛り上がる。熱気に応えて3曲もアンコールがあった。
「燃え燃え」な演奏とはこういうことをいうのだ。楽器が「泣く」とはこういうことをいうのだ。
すっかり感動してしまった。

佐藤さんという人はまだ30代後半で、いまでは演奏されなくなってしまった知られざる楽譜を1万点以上持っているという学究肌で、先ほど述べたような演奏を行う名人でありながら、世間的にはまだあまり売れていないらしい。

おかげでチケット代がさほど高くないので、何度も聴きにいくことができそうだ。
by nakanoatsushi | 2011-02-10 03:41
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