子どものころ

昨日唐組「夕坂童子」を見に池袋に行ってきました。
五月ゴールデンウィークの初日とその翌週を花園神社で見たので、今回が三回目。いやあ、充実していましたね。
テント公演には「天の運行」と呼べるものが深くかかわっています。
雨の日続きの本番から一転、この日だけはようやく快晴に恵まれた。俳優の汗を誘う暖かさと、昨日までの雨が彼らの科白を明晰にするためのちょっとした湿度を用意する。それに加えて、中日を過ぎたアンサンブルの成熟と雑司が谷鬼子母神様の静かさ。色々なものが味方についているような公演でした。

それにしても、この劇をみていると不思議に自分の子ども時代を思い出します。坂の上から射し込んでくる夕陽にただひたすら自分の手袋をかざしてやろうと待ち構えている登場人物たちを見ると、子どものときに覚えた「まだ見ぬ世界」に対する欲求がダイレクトに思い出されてくるのです。

かつて小学生だったころ、「学区」という制度がありました。
自分の通っていた学校の「学区」は1.5キロ四方くらいだったでしょうか。とにかく小学生のうちは、保護者同伴でないとこれを越えてはいけないという固いルールがあった。
僕は小2にして初めてこれを超えた日のことを思い出します。一歳年少の幼なじみのお婆ちゃんが学区外に住んでいたものですから、僕ら2人は彼女の家までトコトコ歩いていった。そして途中「学区」の境界を超えてしばらくした公園で、僕らは隣の学区の子どもたちと遭遇してしまう。彼らは5人。明らかに年上もいる。彼らのうちの何人かがこちらより腕力において勝っているだろうことは明らかです。僕らは一声かけられてしばらく睨み合った後、ダッとその場を逃げだしたんですね。あの時、殴られたり蹴られたり、身体的な接触はなかったように思うので何とか逃げたんでしょうが、そこから先はよく憶えていません。ただ、友人のおばあちゃんの家にたどり着いたということは憶えている。それから何度も行きました。

「学区」を越えると、そこはスリリングな異界でした。
昨晩のような芝居に接すると、あの頃嬉々として異界を眺めていた、そんな感覚を思い出します。
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# by nakanoatsushi | 2008-06-02 08:46

未開人と記憶喪失

今日ニュースを見ていたら二つの報道が気になりました。

まずは「未開人」について。
ニュースによると、ブラジルでこれまで文明との接触を一切行ってこなかった部族が発見されたらしい。ついては今後彼らとどのように相対していくのか、当局は検討をはじめたとのこと。
その報道でほんの数秒流れた画像によると、朱やオレンジに全身を染め上げた人々がこちら(つまり写真をとった人ですね)にむかって弓矢を構えている。彼らの力によって反り返った弓の曲線は、それはもう美しいものでした。なんという純粋な腕力!! 今後彼らがたどる運命を別にして、あの肢体は実に魅力的です。いいものを見ました。

次に「記憶喪失の男性」について。
彼は北海道で保護されたらしい。自分の名前やこれまでの来し方といった身近な質問については全く答えられない彼が、歴代首相の名前やマージャンのルールについてはすらすらと返答してみせる。この状態を「前生活史健忘症」というらしい。
僕など今現在こんなことになったら困ることだらけなのですが、かつて小中学生くらいの頃はよく、得てしてテストの前日かなんかに「自動車事故にあって外傷は全くないのだけれど、記憶喪失になったらいいだろうな」などと想いをめぐらせることがよくありました。
サナトリウムでの療養によって日々の生活から長期離脱することと記憶喪失とは、いかにも十代の憧れです。それを思い出すと恥ずかしくなりますが、画面に映った彼の表情はなんとなく朗らかで、諦念を含んでいるけれどもあの笑顔はあながち不健康でもないように思える。いまだに、僕はちょっと羨ましい。

人は「知ることができる」のか、それとも「知ってしまう」のか。
そのようなことを考えながら今取り組んでいる作品の資料を当たり、美術と音楽のプランをたてています。
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# by nakanoatsushi | 2008-05-31 20:02