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今日も読み合わせをした。

昨日は木曜日だったので、夜に読み合わせをした。

外部出演をして忙しかった土岐くんが帰ってきたので、ひとつひとつの科白の機微について、これまで自分が読み解いてきたことを託していく。
彼は主役なので、伝えたいことが山ほどあるのだ。

こうやって皆が目の前で読み始めてくれると、本当にありがたい。
書かれた文字から想像した登場人物について考え続けるには集中力が必要だった。
彼らはあくまでフワッとした架空の人物だからである。
しかしこれからは、一言発語するたび、役柄は具体的に目の前の劇団員になっていくのである。
目の前にいる人間について考え続けることはずっと易しい。

それにしても、無意味に、無自覚に、惰性で、紋切り型で吐かれる科白に、最近ますます嫌悪を感じるようになった。別に唐さんの科白に限ったことではない。演劇だけでなく、テレビドラマから流れてくる科白に、電車のアナウンスにも、いちいちムカついている。
意味的にアクセントのおかしい話し言葉をきくと、本当にイライラする。

自分はそうはならないように、せっせと台本を読んでいるのである。

稽古のあとは、興奮してまったく眠る気になれない。
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by nakanoatsushi | 2011-01-28 02:51

記憶を整理してみる②

今日は望月六郎監督に担当してもらっている映画ワークショップのラッシュ上映会だった。
年末脚本を書き、年始に怒濤の撮影を終えてきた学生たちは誰も彼も息切れしていたけれど、途中まで作り上げてきた作品はこれからの伸びしろも含めていずれも上々の出来だった。
これからブラッシュアップを重ねて3月5日の上映会を目指してほしい。
いや、ほんとうに楽しみになってきた。

だいたい10歳年少の彼らを見ていると、10年前、自分も同じように唐さんが行う通し稽古チェックに臨んでいたことを思い出す。
始まる前の自分たちはかなり緊張していたけれど、終了後の唐さんはいつも優しく、おもしろいアイディアや話を数限りなく聞かせてくれた。
あれがあって、いまの自分の演劇づくりがあることは間違いない。


さて、1月中盤の観劇記録である。
12日には、今回の『ラブレター』公演を終えてめでたく30周年記念休団に突入する南河内万歳一座を見に行った。
音響がカットインで切り替わり、コインランドリーのセットで洗濯機に跨がった俳優同士がぶつかり合うという活気溢れる舞台だった。荒っぽくて面白かったので、休団明けにはぜひ彼らの旗揚げ公演演目である『蛇姫様』を再演してほしいものだ。
看板女優の鴨鈴女さんとは、来月大学で学生たちが公演する『桃太郎の母』について色々と話を聞くこともできた。唐組で初演された時、鴨さんは客演として紅テントに立ち、「増子」という役柄で活躍したのだ。
唐組の久保井さんに講師をしてもらっているこの公演は、2月の26、27日が本番である。

その後14日には、月末こけら落とし公演を迎えるKAATの眞野館長に講演をしていただいた。
アルバイトから演劇の道に入ったという眞野さんの原体験は、どうやら30を過ぎて担当した『NINAGAWAマクベス』の現場にあったらしい。
巨大な仏壇のセットで有名なあの演目だが、つくり込みすぎたセットの重みが仇となって仏壇の扉が上手く開かない。それを力づくで解消していたのが眞野さん率いる一団だったのだ。
舞台上では老婆役の俳優2人が難なく扉を開けているように見えるものの、そのとき遥か上空では扉にのしかかる重さを軽減させるべく、眞野さんたちが欄間の部分を力づくで持ち上げていたのだ。
後日、別の担当に任せて上演本番を客席から観劇した眞野さんは、大いに感動したという。そしてそのとき、自分が関わっていた職業としての演劇が、職業を越えた表現になりうることを知ったというのが、眞野さんの原体験であるというのだ。
いい話だった。
演劇青年として演劇の道に入った自分とはずいぶん違うけれど、たしかに数々の劇場やカンパニーで技術監督を担当してきた眞野さんらしい面白いのめり込み方だ。
そんな眞野さんが館長であるKAATは、水を何トン使ってもよい理想の劇場機構を備えているという。
こけら落とし公演『金閣寺』では、果して金閣の炎上をどのように表現するのか、楽しみなところである。

今日も長くなってしまった。
下旬以降のことはまた今度。
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by nakanoatsushi | 2011-01-27 00:46

最近みたもの その②

今日は望月六郎監督に担当してもらっている映画ワークショップのラッシュ上映会だった。
年末脚本を書き、年始に怒濤の撮影を終えてきた学生たちは誰も彼も息切れしていたけれど、途中まで作り上げてきた作品はこれからの伸びしろも含めていずれも上々の出来だった。
これからブラッシュアップを重ねて3月5日の上映会を目指してほしい。
いや、ほんとうに楽しみになってきた。

だいたい10歳年少の彼らを見ていると、10年前、自分も同じように唐さんが行う通し稽古チェックに臨んでいたことを思い出す。
始まる前の自分たちはかなり緊張していたけれど、終了後の唐さんはいつも優しく、おもしろいアイディアや話を数限りなく聞かせてくれた。
あれがあって、いまの自分の演劇づくりがあることは間違いない。


さて、1月中盤の観劇記録である。
12日には、めでたく30周年記念休団に突入する南河内万歳一座を見に行った。
音響がカットインで切り替わり、コインランドリーのセットで洗濯機に跨がった俳優同士がぶつかり合うという活気溢れる舞台だった。荒っぽくて面白かったので、休団明けにはぜひ彼らの旗揚げ公演演目である『蛇姫様』を再演してほしいものだ。
看板女優の鴨鈴女さんとは、来月大学で学生たちが公演する『桃太郎の母』について色々と話を聞くことも出来た。唐組で初演された時、鴨さんはただ一人客演をして紅テントに立ち、「増子」という役柄で活躍したのだ。
唐組の久保井さんに講師をしてもらっているこの公演は、2月の26、27日が本番である。

その後14日には、月末こけら落とし公演を迎えるKAATの眞野館長に講演をしていただいた。
アルバイトから演劇の道に入ったという眞野さんの原体験は、どうやら30を過ぎて担当した『NINAGAWAマクベス』の現場にあったらしい。
巨大な仏壇のセットで有名なあの演目だが、つくり込みすぎたセットの重みが仇となって仏壇の扉が上手く開かない。それを力づくで解消していたのが眞野さん率いる一団だったのだ。
舞台上では老婆役の俳優2人が難なく扉を開けているように見えるものの、そのとき遥か上空では扉にのしかかる重さを軽減させるべく、眞野さんたちが欄間の部分を力づくで持ち上げていたのだ。
後日、別の担当に任せて上演本番を客席から観劇した眞野さんは、大いに感動したという。そしてそのとき、自分が関わっていた職業としての演劇が、職業を越えた表現になりうることを知ったというのが、眞野さんの原体験であるというのだ。
いい話だった。
演劇青年として演劇の道に入った自分とはずいぶん違うけれど、たしかに数々の劇場やカンパニーで技術監督を担当してきた眞野さんらしい面白いのめり込み方だ。
そんな眞野さんが館長であるKAATは、水を何トン使ってもよい理想の劇場機構を備えているという。
こけら落とし公演『金閣寺』では、果して金閣の炎上をどのように表現するのか、楽しみなところである。

今日も長くなってしまった。
下旬以降のことはまた今度。
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by nakanoatsushi | 2011-01-27 00:45

最近みたもの その②

今日は望月六郎監督に担当してもらっている映画ワークショップのラッシュ上映会だった。
年末脚本を書き、年始に怒濤の撮影を終えてきた学生たちは誰も彼も息切れしていたけれど、途中まで作り上げてきた作品はこれからの伸びしろも含めていずれも上々の出来だった。
これからブラッシュアップを重ねて3月5日の上映会を目指してほしい。
いや、ほんとうに楽しみになってきた。

だいたい10歳年少の彼らを見ていると、10年前、自分も同じように唐さんが行う通し稽古チェックに臨んでいたことを思い出す。
始まる前の自分たちはかなり緊張していたけれど、終了後の唐さんはいつも優しく、おもしろいアイディアや話を数限りなく聞かせてくれた。
あれがあって、いまの自分の演劇づくりがあることは間違いない。


さて、1月中盤の観劇記録である。
12日には、めでたく30周年記念休団に突入する南河内万歳一座を見に行った。
音響がカットインで切り替わり、コインランドリーのセットで洗濯機に跨がった俳優同士がぶつかり合うという活気溢れる舞台だった。荒っぽくて面白かったので、休団明けにはぜひ彼らの旗揚げ公演演目である『蛇姫様』を再演してほしいものだ。
看板女優の鴨鈴女さんとは、来月大学で学生たちが公演する『桃太郎の母』について色々と話を聞くことも出来た。唐組で初演された時、鴨さんはただ一人客演をして紅テントに立ち、「増子」という役柄で活躍したのだ。
唐組の久保井さんに講師をしてもらっているこの公演は、2月の26、27日が本番である。

その後14日には、月末こけら落とし公演を迎えるKAATの眞野館長に講演をしていただいた。
アルバイトから演劇の道に入ったという眞野さんの原体験は、どうやら30を過ぎて担当した『NINAGAWAマクベス』の現場にあったらしい。
巨大な仏壇のセットで有名なあの演目だが、つくり込みすぎたセットの重みが仇となって仏壇の扉が上手く開かない。それを力づくで解消していたのが眞野さん率いる一団だったのだ。
舞台上では老婆役の俳優2人が難なく扉を開けているように見えるものの、そのとき遥か上空では扉にのしかかる重さを軽減させるべく、眞野さんたちが欄間の部分を力づくで持ち上げていたのだ。
後日、別の担当に任せて上演本番を客席から観劇した眞野さんは、大いに感動したという。そしてそのとき、自分が関わっていた職業としての演劇が、職業を越えた表現になりうることを知ったというのが、眞野さんの原体験であるというのだ。
いい話だった。
演劇青年として演劇の道に入った自分とはずいぶん違うけれど、たしかに数々の劇場やカンパニーで技術監督を担当してきた眞野さんらしい面白いのめり込み方だ。
そんな眞野さんが館長であるKAATは、水を何トン使ってもよい理想の劇場機構を備えているという。
こけら落とし公演『金閣寺』では、果して金閣の炎上をどのように表現するのか、楽しみなところである。

今日も長くなってしまった。
下旬以降のことはまた今度。
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by nakanoatsushi | 2011-01-27 00:45

記憶を整理してみる①

妙に目が冴えているので、せっかくだから最近見たものの記憶を整理しておこう。

今年はじめには、最近知り合った桃山邑さん率いる劇団「水族館劇場」をみた。
元旦のことである。
横浜のドヤ街(いまはちょっと違った様相であるけれど)寿町での無料公演を見に行った。
戦傷の残る巷で、孤独な女が生き別れになった妹を捜す、という話だった。
一度は妹らしき少女と巡り会うも、実は彼女はアカの他人で...、という風に展開する。
ウルトラセンチメンタルである。
上演時間の上限が1時間という制約の中では、ドラマを展開させるにタイムアップの感があったので、今度は壮大な舞台装置を誇るという本公演にも脚を運んでみたい。

次は4日の『トリスタンとイゾルデ』。
これは先日書いた。
その後、指揮者の大野さんは体調を悪くされて療養中だそうです。
恐るべしワーグナーの長さ。

10日に、横浜国大の茂木先生に誘われてモーツァアルト『魔笛』を見た。
オペラを続けて見るなんてめずらしい年。
自分が幼いせいか『トリスタン』よりも『魔笛』の方が楽しい。
ずっと音楽が鳴りっぱなしよりも、科白だけのシーンもあるジングシュピールの方が好きだということもある。自分がつくる劇もそんなところがあるし。

『魔笛』は随分勉強になった。
音楽と舞台で進行している芝居の関連性がほんとうに良く解った。
スピーカーから流れてくる音には空間性がないけれど、ナマでみるとそれぞれの楽器同士が登場人物に対応してダイヤローグしているのがよくわかる。
またどの人物の心理に音楽がかけられているのかも。
自分が音響機材をつかってせっせと劇をつくる時にしていることと要は同じことだ。
登場人物の微細な動きをキッカケに音楽が鳴りはじめると、映像でいうクローズアップ効果がかかるのだ。

茂木先生とは後日話し込んで、最近はその時おもしろいよと教えてもらったパーセルの『ディドとエネアス』を夜な夜な聴きながらウェルギリウスの『アエネーイス』を読んでいる。
10代の終わりに、ペトロニウスやセネカを読んだ時以来のローマ古典だ。
ついでに解説本も読んで、ダンテの神曲になぜウェルギリウスが登場したのかはじめてわかった。

それにしても学生時代にもっと音楽に目覚めていれば、また違っただろうなと思う。
同じクラシックで批評家の許光俊さんの本など最近よく読むけれど、許さんもまた横浜国大にいた先生だった。
許先生に至っては、自分は彼の基礎演習の生徒であるにも関わらず、好意で誘ってくれた昼食会をすっぽかし、そのあとそのクラス自体が雲散霧消してしまった記憶もある。
実に惜しいことをしたものだ。


と、ここまで書いたところで上手い具合にウトウトしてきた。


そのあとに見た南河内万歳一座の『ラブレター』やエレーヌ・グリモーのコンサート、梁山泊の『風のほこり』、我が劇団員の土岐くんがめでたく初めての客演を果たした劇団・地下空港の『OLと魔王』、新国立劇場の『わが町』については後日。
大学で自分が担当した神奈川芸術劇場の眞野館長による講演会、これもまた後日。


今年は、のっけからけっこういろんな経験をしている。
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by nakanoatsushi | 2011-01-25 02:06

すでに一年の24分の1以上が過ぎている。

いろいろ行ったりやったりしているが、いちいち書くと時間がかかりすぎる。

だから、いっそ雑感をふたつ。

1.本日、渋谷でヨレヨレの婆さんが信号無視しているのを見た。
喜ばしいことである。腰が曲がり杖をついてなお赤信号を待つことのできない彼女の往生際の悪さ。これが希望でなくてなんだろうか。

2.植物も環境の子。
最近、豆苗を育てている。
なんのことはない。買ってきて炒め物にした残りの根の部分を、水に浸しているだけ。
パッケージによると「育ったらまた食べられる」らしい。
二株あるのだが、場所によって彼らが全く違う育ち方をするのが面白い。
窓際に置いたものは葉ばかり大きくなって身長が全然伸びない。
片や窓から距離がある方は、ニョキニョキ丈は伸びても葉はやたらチンマリしているのである。

たった数メートルの差にも関わらず、あまりに違うので素朴に驚きながら毎日眺めている。
いまのところ、まったく食べる気になれない。


そんな日々の中、ついに読み合わせをはじめました。
新作『海の牙』です。週に一回集合して読み合わせをする、その第一回目をこの前やりました。
毎日ずっとひとりで読んできたので、大勢で中身の話をするのを待ちこがれてきました。
少しずつ溜めてきたバケツの水を、一気にぶちまける感じです。
どうしても理解できなかった箇所も、他人と話しながら読んでいるとおのずと解ってこようというもの。
稽古が本格化する前に、不明な箇所を徹底的にたたきつぶしていきたいと思います。
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by nakanoatsushi | 2011-01-23 21:18

2011年はじまる。

新年あけましておめでとうございます。

年明け一発目。

2011年といえばスカイツリー完成の年です。
去年、一昨年と浅草で公演していると、近隣の屋根ごしにニョキニョキとタワーが育ってゆくのがわかりました。
あれがもうすぐ完成します。
5年前、皆であの場所に立ち、はじめての東京テント公演を行ったことを思い出します。
そのとき、親身になって公演場所を探し出し、一緒に交渉に当たってくれた墨田区役所の方は、その後あの新タワーの担当になりました。彼の仕事だと思うと、お世話になった数々の局面を思い出して胸が熱くなります。
タワーが無事に完成せんことを!


さて今年は、
年末に注文していた「ハムサ」というイスラム教のお守りを手に入れることから始まりました。
どうも次回作に関係ありそうなので、いつも手元においてまじまじ見ています。
あとは往年の名画『海の牙』を観たり、『ドグラ・マグラ』を久しぶりに読んだり。
下準備の毎日です。

そんななか、4日には久しぶりに新国立劇場へ。
大野和士指揮の『トリスタンとイゾルデ』を観ました。
昨年11月に聴きに行ったコンサートに引き続き、今回も皇族ご臨席。皇太子さまがおみえになりました。
そういえば自分がここの小劇場で劇をやったときも、皇太子さまがオペラ鑑賞をされるということで、特別な警備体制が敷かれました。あれももう5年前。よほどのオペラ好きなんでしょうか。

肝心の中身ですが、のけぞったのは二幕。
いくらこの演目中もっとも官能的な見せ場だからといって、ステージにはあまりにも露骨に男女の性器をメタファーにした舞台装置が!
(台本の指定にある大樹を、円柱とドーナツ型の輪っかで表現)
このセットプラン。はっきりいって品性下劣。
アイディアとしては、男子中学生がトイレや教室の机に描く落書き並みです。
しかも主人公二人がむつみ合う歌唱がもっとも昂まるとき、ご丁寧に女性器にあたる部分がピカピカ輝くではありませんか。
国立で、お正月に、あまりにも単純かつ大胆な舞台美術でした。
それが最高といえば最高。最低といえば最低。
おまけに二人が絶頂に達する場面では、明らかに射精したことを暗示する大幕の振り落としまで!
もう絶句...。

その後、バタバタと大学の新年会をして、現在に至ります。
ペースを強引に日常に戻しつつ、今年の活動計画を練っている最中です。
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by nakanoatsushi | 2011-01-07 21:26